emperor(帝) と king(王)

 イランからシャーがエジプトに亡命した頃だったのだが、竹村健一がテレビで得々と語っていた。

「シャーというのはエンペラーでこの称号を使えるのは世界では日本の天皇とイランのシャーだけなんだ。イギリスはクイーン・女王・や」と。

しかし、アーネスト・サトウの「一外交官の見た明治維新」には、このエンペラーとクイーンのことが日英外交文書の初期段階で問題になったと言う。初めは英国、クイーンと言っていたのだが、釣り合いが取れないので、エンペラーにしたという。

 これは英語を学び、外交・政治の基本的な知識のはずなのだが、実にいい加減なことを言う人物がマスコミ界で跋扈していたことになる。

 この王と帝、これでいくと明治維新の時に王政復古を唱えた。この「王」とは誰のことか? 天皇を意味しているとしたら、「帝」という世界の覇者に屈服することを意思表示していることになる。

伝統の創設

 神社新報に「御給桑・ごきゅうそう」の記事が出ていた。天皇陛下の御田植えはよく知っているが、皇后陛下が御養蚕をされているというのは初めて知った。皇居に御養蚕所がある。(紅葉山御養蚕所)

5月10日:御養蚕始の儀

5月17日:第一回目の御給桑

5月27日:第二回目の御給桑

6月1日:上蔟・じょうぞく・繭玉を作るために蚕を蔟(まぶし)に移す

後、繭掻・蔟から繭を取り出す、桑摘み、などの御奉仕がある。


 この御養蚕の作業は明治4年昭憲皇太后から始まる。皇后陛下が皇太后陛下から引継がれたのは平成元年から。

 蚕から出来た生糸は白羽二重に織りたてられて、宮中の儀式や祭祀に用いられる。また、服地にして外国賓客への贈り物にもなる。


 明治の時代に始まったものは多い。伝統の創設と言われた。よく考えると矛盾している。

 王政復古の王とは何か? 帝ではないのか? この基本的な「言葉」の「内容」これが実に曖昧なまま、今日に至っている。

腐草蛍

 ホタルは既に飛んでいる。飛んでいるのが当たり前の時代から、今は希少価値らしい。しかし、どこの建築会社も「生物多様性」とか、標榜して、環境を整えた年造りをしている。

 その成果は、ホタル飛んでいて当たり前という時代になって欲しい。

 私の家内は山形の山奥で育ったのだが、ホタルの季節になるとネギの頭(葱坊主)を切って、筒状になったネギの中にホタルを詰め込んで、それを部屋の窓際に立てかけて、明かりを楽しんでいたという。

 東京でも近々そうなるかもしれない。【楽天・杉山巡

ジャーナリストは予想を外す

 予想・予言が当たると素晴らしいと評価されるのだが、これはまぐれ当たりもあって、好ましい傾向ではない。事故・事件は起こらない方が良いのだが、起こった場合、どう対処するか、したのか、これが重要である。

 現実に現れた事実のみで予想を組み立てると、外れる場合が多い。現実にはこれに自分の推測を加えて予想する。ジャーナリストの場合、この推測は禁じてである。

 予想を当てる人たちを如何わしいと思った方が良い。

 陰謀論は被害妄想と誇大妄想が集結して出来る。

海軍主計官という立場

 私は警備員になって、12年目なのだが、新米の頃、先輩に「元海軍主計官」だった人が居た。「中曽根さんの後輩ですか?」と聞くと、「そうなんだよ」と喜んでくれた。彼から私は敬礼について教わったので、海軍直伝の敬礼を毎日やっている。

 彼は近眼で現場に出れず主計官となったのだが、彼の父親も海軍の将官で、自宅横の道場で、彼は父親から「この軟弱な奴」と竹刀で何度もぶったたかれたという。

 中曽根さんにも「軟弱な奴」とぶったたく誰か? 居たのだろうか?


 原子力をエネルギー政策の基本に置いたのは中曽根さんである。戦前、石油包囲網で戦争に突入した、それを反省して、自前のエネルギー確保、それが究極命題となった。

 戦後、主力は石炭だった。それが昭和30年代、石油に切り替えられていった。そのころから原子力という提案を中曽根さんはしていた。70年代に入って、オイルショック、このころから本格的に原発が出来上がっていった。

 また、中曽根さん、地震予知にも力を入れていた。この地震原発政策の足元を揺るがしている。

 永久エネルギーはオカルト界の十八番(おはこ)で、情報機関関係者とオカルト人脈、重なっている。ある神社に集まる面々、満州からの引揚者が多く、ほとんどが満州国で情報関係に関わってきた人たちだった。もう、20数年前のことで、その人たち、ほとんど鬼籍に入っているだろう。


 さて、これからどうするのか?

小西克哉と出会っていたかも?

 昔、新聞の拡張員をしていた頃があった。35年も前、練馬・千川通りを入った木造モルタルのアパート、2階建て上に2世帯、下に2世帯、下左側に入ると、大阪弁で眼鏡をかけた学生が出てきた。東京外語大に行っていると言う。小西と言ったかどうかは忘れてしまっている。

 それから10年も経って、テレビでCNNニュースの解説をしている小西克哉を見た。「あれ、あの時の学生さんか?」と、私は一方的にあの学生と認定している。

 それだけのことで、親近感を持って、彼のニュースを聞いている。


 彼が、TBSラジオで「ストリーム」という番組を始めて人気を博していたのだが、突然、番組を降板することになった。一緒に、やっていた松本ともこさんも大変残念がっていた。昔、林美雄さんが同じ時間帯の番組を降板するとき以来の残念がり方だった。彼女の写真をブログで見たら、見覚えのある人で、渋谷・井の頭通りで、いつもすれ違っていた美人である。FM東京時代、渋谷の公開スタジオが私の勤める会社の近くだった。よく似た人なのかも知れない。

 私としたら、一応、別人でも、知っている人と記憶を改変して整理することにしている。その方が楽しいので。

 この「ストリーム」突然の消滅、その原因を作ったのが、勝谷誠彦のコラムだったという噂が流れている。本人もそのことに触れている。

 私は彼の言説を聞いていて、いつも??? 面白いけれど、極端で、漫談・漫才・ギャグの範疇でジャーナリストとは云い難い。と、思っていた。

 で、東田万偶斎さんのブログを読んで、やっと、この人物のデタラメな部分がはっきりとした。

 私も昔、ライターだったこともある。私自身が勝谷誠彦になっていて、東田さんのような人物から糾弾されている可能性があった。今、ブログに有ること無いことを書いているのだが、間違いがあれば、直ぐに【訂正する】を心がけている。

 何時の時代にもこういう人物が闊歩しているのだろうか? 愛すべき分身・勝谷誠彦の断末魔を興味深く追っかけている。

言葉の中に住んでいる私

 われわれは言葉の中に住んでいる。丁度、家の中に住んで雨風をしのいでいる、それと同じように言葉と言う防壁で自分を防御している。時々、この言葉の外に出る必要がある。

 自分を客観的に見るのは難しい、しかし、自分に気づくときがある。それは、歌を聴いているときで、その歌詞の内容がかっての自分だったりしている。

 歌を聴くことで、言葉の外に出ている自分が居る。